イカはいかが闘病記

脳出血で倒れたオジサンの闘病記です

ベットの場所が移動する

土曜日だが今日は息子の授業があり学校へ。娘は主人が倒れて始めて部活に参加。

 

ランチをみんなで食べようと話していたので、息子を車で駅まで送りる。娘は友達と約束して学校へ。今日は学校へ行けた。

 

子供達がいない間に姉と家の掃除を。

なかなか自分ではできないところもきれいにしてくれて助かった。

 

娘も部活から帰り、息子も学校が終わったと連絡がきたので娘、義妹、姉、私の4人で息子と約束した集合場所へと。息子と合流してランチに。

そのお店は約半年前、主人、私、息子、娘の4人で訪れたパスタ屋。

その時は冬で息子の高校の周辺を散策して入ったお店。店の名物のアイスミルクティーを今回も注文した。あの時主人も頼んでいたなと思いながら。

子供達が先に席を立った後、3人で現状とこれからの事について話す。

 

相談できる相手がいて心強い。

 

病院に着くと主人の学生時代からの友人が入口で待っていてくれた。

気になっていたけど、なかなか連絡できずここに来れば会えるかなと待っていてくれたと。

 

彼らは私も何回も会ったり、家に遊びに来てくれた学生時代からの友人で主人と同じ歳だ。

 

かなり心配してくれていた。

人間いつどうなるかわからない。体にだけは気を付けてと話す。

 

面会は娘、義妹、姉、私。

義父が先に面会をしていた。

5人の人数制限になってしまうので、息子は病室の外で待つ。義父からベットの場所が変わったと聞いていたが窓が見える場所に移動していた。入口にはHCUと書かれている。

 

娘が「お父さん来たよ」と言うと目を開くが、数秒たつと目を閉じる。それを何度も繰り返す。体を摩りながら声をかける。

私が「美女4人が来たよ」と言うと痛そうな顔をして左瞼が上がった。「美女ではないと思っているんだね。正しい反応だよ」と4人で笑いあった。今日は反応がよかった。帰るとき「また明日来るね」と話すと目を開けて数秒見続けた。

聞こえているのか。聞こえてわかっていると思いたい。

 

姉が千葉に帰った後、息子、娘、私で話し合う。

 他愛もない話、学校での出来事、主人の病状、これからの将来の事…。

 

 

いままでなかなか家族で顔を合わす時間がなかったし作ろうとも思ってなかった。

主人は仕事、息子は高校で勉強や部活、娘は中学で勉強や部活、剣道の夜練習や週2の塾通い、私は昼間自分の仕事をした後に家事や子供たちのサポート。

皆それぞれに忙しく疲れていて、顔を合わして話をする機会が少なくなっていた。

 

 

それでもいつも通りの明日が来る、明日話せばいいと思っていたから。

 

 

もう後悔はしたくない。

 

その話の中で息子が明日面会に行くと話す。

その意見を尊重しよう。

 

明日は私の両親が面会に来てくれると。

台風が直撃するかもとテレビで話している。

こっちにこないで。